東京高等裁判所 昭和36年(う)2293号 判決 1963年4月30日
本店所在地
浜松市板谷町八九番地
株式会社不二谷商店
右代表取締役
池谷藤
本籍並びに住居
浜松市中沢町六一番地
右会社代表取締役
池谷藤
明治三一年一一月一五日生
右の者等に対する法人税法違反被告事件について、静岡地方裁判所が昭和三六年九月一四日言渡した判決に対し、被告人及び弁護人から控訴の申立があつたので、当裁判所は審理を遂げて次のとおり判決する。
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人杉山弥五郎提出の控訴趣意書記載のとおりであり、答弁の趣意は検事大江兵馬提出の答弁書記載のとおりであるから、これらをここに引用して次のとおり判断する。
所論の要旨は、被告人は、本件脱税額の算出の前提のうち各事業年度終了の日における棚卸資産の価額評価につき評価損の算定方法に適正を欠くものがあると考えながらも、事実を全面的に認めて取調に協力したのみならず、既に改悛し追徴金、重加算税、利子税等一切を完納し公職を辞して謹慎の意を表しており、被告会社の経営も斜陽化している折柄過重な罰金を課せられるにおいては倒産必至の状況にあるので、原判決の量刑を軽減されたいというに帰する。
よつて所論に鑑み本件記録を精査し原判決を検討するに、法人税法基本通達第一八七号は、法人税法施行規則第二〇条が簿記会計の慣習として認めうる棚卸資産の価額評価方法の大部分を網羅して列挙するのに対し、棚卸資産で破損、瑕痕、棚晒、型崩等のため通常の価額で販売できないものまたは通常の方法では使用に堪えないものは処分可能価額を以て評価することができるものとして弾力的解決を図つているのであるが、これについては「他の棚卸資産と分別経理」すべきものとされているところ、被告人は棚卸資産のうち巾縮、織違、汚損、棚晒、黄変、褪色、流行遅れ等の在庫品につき別段正確な分別経理を施さなかつたに拘らず、国税査察官谷高佐一は被告申出の受払簿に基き各事業年度終了の日における在庫品目数量を精査認定したうえ、特に被告人の上申を容れてその主張にかかる評価損の大部分を認容したことが原審第五回公判調書中証人谷高佐一の供述記載に徴して明らかであるのみならず、所論が評価損の基礎とする棚卸資産の数量及び価額世びに評価損算定の基準として、生地原反につき在庫の一割の帳簿価額の半額、染上製品につき在庫の六割の帳簿価額の半額を価額とするべき旨の主張は根拠あるものとは到底認めらず、れ独自の見解に基いて大雑把な目安をいうに過ぎないと断ぜざるをえないので、原判決認定の前提たる評価損算定の不適正を疑わしめたるに足る理由とは到底為し難く尚被告会社が、本件犯則の各事業年度の追徴とともに過少申告加算税、重加算税、利子税のほか更正決定に基く法人事業税その他の地方税を完納したことは認められるが、もとより当然の義務というべく、被告会社は昭和二六年四月から昭和二七年三月に至る事業年度においても所得を仮装隠蔽して重加算税を徴収され青色申告の特典を取り消されたことがあるに拘らず、被告人自らの指示に基き本件犯行に及んだもので、ほ脱税額の申告税額に対する割合が極めて大で特にパチンコ玉の売上の一部を継続的に除外して裏預金とした方法は計画的で悪質というほかなく、当審における事実取調の結果によれば被告会社が原審言渡の罰金の故に倒産の危機に頻するものとも到底認め難いところであつて、その他所論のすべてを参酌しても、原判決の刑の量定が不当に重きに過ぎるものとは認め難い。論旨は理由がない。
よつて、刑事訴訟法第三九六条に則り主文のとおり判決する。
検事 大江兵馬出席
(裁判長判事 渡辺好人 判事 目黒太郎 判事 深谷真也)
控訴趣意書
被告人株式会社不二谷商店
右代表取締役 池谷藤
被告人 池谷藤
右の者等に対する法人税法違反被告控訴事件(御庁昭和三六年(う)第二二九三号)につき、昭和三六年九月十四日静岡地方裁判所に於て言渡されたる判決に対し控訴を申立てたが、其の趣旨は左記の通りである。
昭和三十六年十一月二十九日
浜松市大工町五九
右両名弁護人 杉山弥五郎
東京高等裁判所第三刑事部御中
左記
第一、原審判決の量刑は不当である。
(一) 被告人等は起訴された両年度決算期に於ける被告会社の脱税が大体起訴状起載の金額になることを認め且つ脱税の事実についても之を争はず全面的に認めて居る事案である。
而し乍ら此の結論に達する迄の長い間国税庁並びに検察庁の取調について脱税額の算出には納得し難い点あるいは不満とする点が多々あつたのであるが、脱税の事実がある以上此の上長く争い度くないとの考えから算出方法の無理を承知で査察官(以下当局と称す)の取調に協力もし且つ之を認めて来たものである。
(二) 脱税の算出方法について
被告人等は前記の如く一応脱税を認めて居る以上はあて脱税自体を否認し争はんとする者ではないが当局の税の査定の方法に疑問があり、適正を欠くと思はれる諸点を申述べ如何に苛歛誅求のきびしいものであるかを述べて此の上の課刑が被告人等にとつて如何に重きに失するものかを明かに致し度いと思います。
(三) 評価損の算出方法(業者の普通算出方法である)
在庫品は之を
(1) 原料(原糸)
(2) 生地原反
(3) 染上製品
の三種に区分します
而して原料である原綿糸は原価法に於て先入、先出法を採用するので最終仕入価格と大差ないので評価損を計上する必要はない
(2)の生地原反については
鼠害
巾縮による巾不足
生地組織違い(織展で織違い即C反)
生地汚損(雨洩、シミ、汚損)
流行遅れ
生地脆弱(製造の欠陥より、生ずる場合)
(3)の染上製品について
巾縮(巾が不足、耳汚損、色褪せ)
持越し品で流行遅れとなる
白生地については晒戻り(黄変)と汚損皺を生ず
見本貸出等による汚損、シワ、形クズレ、色褪
生地脆弱(ビリを生ずる)
等により値下りを生ずることは当然であつて此等についてどう評価損を認めるかと云うと此の業界で一般に採用されて居る率は
原糸には評価損なし
生地原反については
在庫の一割を不良として其の帳簿価格の半額を評価損とする。
染上製品については
その在庫の六割を不良と看做しその半額を評価損とする。
此の算出方法が今申述べた業界一般の取扱い方法であつて之に依つて被告人会社の評価損を当局の認めたものと
比較対照してみると
(イ) 昭和三十一年度三月決算に於て
当局の認むる在庫は三、八二七万円
内訳
綿糸 一、〇二〇万
生地原反 一、三〇〇万
染上製品 一、五〇〇万
であるが、之を普通一般の取扱いによれば
綿糸評価損なし
生地原反一割不良不良の価格は一三〇万円であるから其の半分六五万円は評価損となる
染上製品一、五〇〇万円の六割九〇〇万円は不良反で其の半額四五〇万円は評価損と云へる
依て同期の評価損額は六五万円、四五〇万円計五一五万円と計上するが妥当であるから同期に於ての被告人会社の利益は当局査定利益一〇八一万から五一五万円を差引いた五六六万円が真の利益であると云へます
従つて被告人会社は当局から過大に見積られた五一五万円に対する税金を取立てられた結果となる
(ロ) 昭和三十二年三月度に於ける評価損について
此の期の当局の在庫品の認定価格は
商品 四、〇四五万円
内訳
綿糸 一、〇八四万円
生地原反 一、二〇〇万円
染上製品 一、七六〇万円
で之を前項の一般評価損算出方法を以て計算すれば
綿糸損なし
生地原反 評価損 六五万
染上製品 同 五八七万
合計 五八七万円となり
当局査定利益一、四三八万円より右評価損五八七万円を差引いた八五一万円を同期利益金とするが正当である
(ハ) 昭和三十三年三月度決算に於ては
当局認定在庫は三、〇一〇万円で
内訳
綿糸 四二七万円
生地原反 一、一〇〇万円
染上製品 一、四八〇万円
であるが之を前項同様の算出方法を以てすれば
綿糸 損益なし
生地原反 五五万円
染上製品 四四四万円
計 四九九万円
の評価損となり当期の利益は当局査定の利益金八八七万円から
即887万円-(499万-314万円当局の認めた評価損)=702万円
が利益金として計上さる可きである
右の如く被告人会社は此等過大に積られた在庫価額のために過大な負担を強られた結果となつたものである
(ニ) それでは此の在庫の不合理な当局の査定のために被告会社はどれだけ過大な税金を背負はされたか
原審に於ける昭和三十五年十二月十日付税額比較表に於て其の詳細を明かにして居る通りで其の結果を見れば
昭和三十二年度
三、一四九、九〇〇円
昭和三十三年度
二、〇二五、二八六円
合計五一七万五千百八十六円也の税金を
被告会社の普通算定方法によるものより多額に納入させられた事になる
第二、情状
(一) 税金の完納
前記第一に述べたる如く当局から過大の税額を課せられたけれども被告会社は各年度の更正決定による追徴金は勿論重加算税、利子税等一切の税金は当局の言はるる通りの額ですでに悉く之を納入して居ります
(二) 被告人の改悛
原審に於て検察官が論告求刑に当り
「被告人は改悛の情顕著なるものあり」と述べられたが正に其の通りである
被告人池谷藤は当時静岡地方裁判所浜松支部管内の民事一般の調停委員であつたが此の職を始め其他あるゆる公職を辞して謹慎の意を表し
其の後の税の申告についても当局から苦情を言はれたことは一回も無い情態から見れば検察官の言葉を裏書きするに充分である
(三) 被告会社の情態
(1) 被告会社は従来繊維製品の製造販売の業者であるが綿万能の時代は過ぎて化繊に移行しつつあることは言うをまちません。従つて世の中に遅れまいとすれば化繊への移行に伴う設備投資を必要とすることは明白で業者の苦悩もここにあつて繊維業者が成金に通じた時代は今や夢物語りに過ぎず業者は皆其の資金繰りに東奔西走しつつあるので被告会社も其の例に洩れず経営は多難であります。
(2) 遊技場(パチンコ店)
之は申す迄もなく戦後の一時的の営業であつて今日迄は或程度の成績を挙げて参つたものの何れは競輪競艇等と運命を共にして廃止の運命に逢着することは想像に堅くなく之が将来性もほぼ見当がついて居り会社の営業種目が何れも斜陽の運命を荷つて居るものと云へます。
(3) 右の如くであるため今回の脱税によつて課せられた重荷に加へ原審に於て言渡された罰金を加算すれば之は全く被告会社及被告人池谷に取つては命取りと云う外はない。
第三、結論
之を要するに既に犯罪を認め恭順の意を表して再犯の恐れのない被告等に対し原審判決は其の量刑が重きに失し被告会社の社稜を危くするもので税の対象となるべき会社を破壊することは甚だ遺憾の極であります。
依つて会社の生きて行ける程度の軽い課刑を以てのぞまれんことを熱望してやみません。
以上